豪快なジャンプショットと肉弾戦が魅力的なハンドボール。
日本では北京オリンピック予選の中東の笛が物議を醸し、認知度が飛躍的に向上しました。
ヨーロッパではプロクラブチームが沢山あり、アイスランドではサッカーを凌ぐ人気を誇っています。
ハンドボールの世界でも、戦術や技術などを指導するコーチが試合の戦況に応じて勝利のための対策を日々行っています。
ハンドボールで活躍する、実業団のクラブや街クラブで指導をするコーチはどれくらいの年収を貰っているのか、
またプロクラブや各国代表を率いるコーチの年収はどれくらいなのか、詳しく紹介していきます。
ハンドボールの世界
ハンドボールは、ゴールキーパーを含めた7人のチームで構成され、前後半30分の合計60分でゴールの数を競い合うスポーツです。
バスケットボールとは違い、ボール保持者へのフィジカルコンタクトが有効という珍しいスポーツでもあります。
日本では、まだマイナーとされるスポーツの一種ですが、ヨーロッパでは人気スポーツの一種目であり、
アイスランドを筆頭にドイツ、デンマーク、フランスやクロアチア、スペインなどが強豪国として知られています。
ハンドボールのプロリーグも世界中に誕生
日本では、ハンドボールはプロ化されておらず、企業のクラブである実業団チームでハンドボールのリーグが構成されています。
しかし、ヨーロッパでは多くの国がハンドボールのプロリーグを発足しており、
ドイツのハンドボールブンデスリーガやスペインのASOBALは世界最高峰のハンドボールリーグと称されています。
そして、FCバルセロナやパリサンジェルマンなどサッカーで有名なプロクラブがハンドボールチームを保有していることで有名です。
ハンドボールのコーチの年収
ハンドボールの世界では、選手を引退後、コーチに就任して生活をしている人も大勢います。
選手時代とは違い、結果と実績が左右されるコーチの世界ですので、年収の格差が膨大にあります。
しかも、プロアマ問わず、結果が伴わないとすぐに解雇されてしまう厳しい世界ですので、いかに在籍時に年収を多く貰うかが鍵となってきます。
ハンドボールのコーチは一体いくら年収を貰っているのか、プロのコーチから街クラブのコーチまで幅広く紹介していきます。
プロクラブのコーチの年収
ヨーロッパのハンドボールのプロクラブでコーチを務めている人の年収は非公開とされていますが、推定で約数千万円以上とされています。
ビッグクラブのコーチともなると億単位の破格の年収が用意されていますが、試合に負けたり、
チームのトラブルが発生するとすぐに批判の対象にされてしまう過酷な職業です。
東京オリンピックのハンドボール日本代表コーチであったダグル・シグルドソンコーチは、
ヨーロッパの監督時代に推定で約1億円以上の年収を得ていたと言われています。
実業団クラブのコーチの年収
日本では、企業のクラブである実業団がハンドボールチームを構成している場合がほとんどです。
選手は、企業に勤めながらハンドボールの練習と試合を行いますので、年収は一般の会社員とさほど変わりません。
現役を引退してから実業団のコーチに就任した場合、会社員の年収と役職手当が加算されてコーチの活動を行っていきます。
強豪チームになると、外部からコーチを招聘して強化を図っていきますので、外部コーチの年収は推定で約1千万円以上と言われています。
街クラブのコーチの年収
ハンドボールのチームではNPO法人や社団法人が運営しているハンドボールチーム、いわゆる街クラブが全国にあります。
街クラブでハンドボールのコーチになると時給制からスタートする場合が多く、時給約千円からという待遇がほとんどです。
しかし、実績を積み重ねていくと、時給や待遇が上がっていき、有名実業団クラブや学校から破格の待遇でオファーがくることもあります。
ハンドボールの有名コーチ
ハンドボールは、激しいフィジカルコンタクトが肝になるスポーツのため、選手の寿命が他のスポーツに比べて早いと言われています。
若くして引退する選手が多いため、引退後コーチの役職につく人は極めて稀です。
コーチになる人のほとんどが、選手をコーチを兼任してからコーチを専業にする人が多いのも特徴です。
日本でハンドボールのコーチになり、日本や世界を驚かせた有名なコーチを厳選して紹介していきます。
宮崎大輔
日本で一番有名なハンドボールプレイヤーと言えば宮崎大輔選手でしょう。
北京オリンピック予選の中東の笛で一躍話題となり、テレビやメディアに数多く出演し、ハンドボールの復興に寄与してきました。
海外のプロクラブに在籍経験を持ち、スペインのBMアルコベンダスで2シーズンプレイしてきました。
40歳になっても現役選手で活動しており、
2021年6月にBリーグのアースフレンズ東京Zが新設したハンドボールチームの選手兼コーチに就任し話題となっています。
野田清
日本ハンドボール界屈指の名プレイヤーと称されるのが野田清氏です。
ワールドクラスの身体能力を駆使したテクニックと多彩なプレイで観客を魅了し、
ハンドボールを一躍人気スポーツへと押し上げた第一人者でもあります。
角度ゼロの位置から豪快なシュートを叩き込むプレイは、マスコミからむささびシュートと呼ばれ、
ヨーロッパではノダシュートと恐れられました。
現役引退後はソウルオリンピックの男子日本代表の監督を努め、オリンピック本大会への出場を勝ち取りました。
橋本行弘
日本ハンドボール界きっての名守護神と言えば橋本行弘氏でしょう。
ハンドボールの最高峰リーグドイツハンドボールブンデスリーガの有名クラブグロスバルシュタットで数多くのシュートストップを披露し、
ヨーロッパシティカップの優勝経験もあります。
1997年熊本県で開催されたハンドボール世界選手権では、強豪フランス代表のシュートを次々と止めたことが話題となり、
日本のみならず世界からも絶賛の声があがりました。
現役引退後は、日本で在籍していたホンダのコーチに就任し、数多くのタイトルを獲得しました。
ダグル・シグルドソン
東京オリンピック男子ハンドボール代表の監督を務めたのがアイスランド出身のダグル・シグルドソンコーチです。
現役時代は日本の涌永製薬でプレイしていたことで有名です。
現役引退後はオーストリアやドイツの代表コーチや名門クラブのコーチを努め、
2011年にはドイツのハンドボールブンデスリーガの最優秀監督賞を受賞、2015年にはIHF世界最優秀監督賞を受賞しました。
2017年から日本ハンドボール男子代表の監督を努め、長期にわたるハンドボールの強化に取り組んでいます。
まとめ
日本での競技人口は8万人いながらも、未だマイナー競技のハンドボール。少ないながらも群雄割拠であるハンドボールは、
コーチも生き残りをかけて選手の強化とトレーニングに励んでいます。
巧みなセンスと戦術でチームを勝たせ、時には着実に時には勝負師となり試合を盛り上げるのもコーチの重要な役割です。
実績だけが評価対象である厳しいハンドボールのコーチですが、結果が出せれば破格の年収でチームを引っ張り、
優勝へと導ける名将へと成長していきます。
ハンドボールの戦術が際立つコーチ、年収の側面を見ながらコーチの大変さとハンドボールのゲームを楽しんで観戦しましょう。