『伸びのあるストレート』
プロ野球の中継においても解説者がよく使っている言葉ですが、『伸びのある』という意味とそれを武器にした投手たちを紹介します。
ピッチングの基本:ストレート
ピッチャーの投げる球で基本中の基本と言われているのが『ストレート』。速球とも呼ばれる真っ直ぐ飛んでくる速い球です。
マウンドからホームまでの距離は60.5フィート(18.44m)ですので、例えば球速が130km/hだった場合、
秒速36.11mとなりマウンドからホームまでの到達時間は0.51秒となります。
140km/hの場合は0.47秒、150km/hの場合は0.44秒となり、当然のことながら速い球の方がホームへの到達時間が短くなり、
バッターに素早い反応を要求させることができるため、ピッチャーに有利に働きます。
それゆえ豪速球を投げるピッチャーはそれだけで武器になります。
しかし、バッターもプロですから、同じ球を繰り返し投げてばかりいるとタイミングを把握して簡単に打ち返すようになります。
そのため、ピッチャーは変化球などの様々な球種を取得し、バッターのタイミングを外す工夫をしています。
さて、その様々な球種の中でも基本中の基本である『ストレート』が、バッターの予測とは違う球筋で飛んできたとしたら、
それはピッチャーにとって更なる武器になります。
『伸びのあるストレート』はまさにそのことであり、バッターの予測以上にボールが伸びてくるため、
タイミングが合っているのに思わず空振りをしてしまう『ストレート』なのです。
『伸びのあるストレート』の原理
ピッチャーから投げられたボールは、空気抵抗によりマウンドからホームに向かう間に球速は落ちていきます。
球速が落ちると、重力により落下する量が増えるため、球筋はゆるやかな放物線となります。
これが基本的なボールの挙動で、バッターもこの挙動を無意識のうちに頭の中に思い浮かべながらタイミングを取ってバットを振ります。
『伸びるストレート』は、その無意識の概念を打ち崩しているのですが、その理由として大きく二つの要素があります。
一つが初速と終速の差、もう一つがボールの回転数です。
初速と終速の差
先ほども述べましたが、ボールは空気抵抗によりだんだん速度を落としながら飛んできます。
その速度の落ち方が予測と違っていたら、バッターにとっては思ったより速い球と感じることになります。
それが初速と終速の差で数値化されます。
例えば、初速が150km/hで終速が140km/hの場合、速度差は10km/hとなります。
一方で、初速が130km/hで終速が128km/hの場合、速度差は2km/hです。
球速だけで言えば、もちろん前者の150km/hの方が速いですが、速度差でいうと2km/hの差しかない後者の方が速さを感じさせます。
オリックスで活躍した星野伸之投手は、細身でストレートも120km/h台でしたが、
打者目線においては実速度以上に速く感じさせる投球術でプロ野球通算176勝を挙げています。
ボールの回転数
そして、最近特に注目が集まっているのが回転数です。
ボールが回転すると、回転方向に力が発生するため、通常の軌道とは違う方向にボールが移動します。
『カーブ』や『シュート』などの変化球も、その回転力を利用した球種ですが、
『ストレート』においてはバックスピン方向の回転が重要となります。
綺麗なバックスピンがかかったボールに対しては、揚力と呼ばれる上に向かう力が働きます。
すなわち、ボールが浮き上がっていく軌道となります。
そのため、重力によって緩やかに落ちてくるであろうというバッターの予測に反して、ホーム近くで浮き上がってくることとなり、
結果としてタイミングが合っていてもボールの下を振ってしまうのです。
『伸びのあるストレート』を武器にしているピッチャーの三振のシーンを観ると、
ほとんどの場合においてバッターはボールの下を振ってしまっているのがよく分かります。
プロ野球選手の場合、ストレートの回転数は平均で2,200rpm(1分あたりの回転数)に対して
『伸びのあるストレート』と呼ばれるような投手は2,400~2,700rpmの回転数が出ていると言われています。
『伸びのあるストレート』を武器にした投手
日本プロ野球界で『伸びのあるストレート』を武器にしてきた投手たちを紹介します。
藤川球児選手
近年のプロ野球においては、まずこの選手を挙げないわけにはいかないと言っても過言ではないのが藤川選手。
『火の玉ストレート』とも称されるその球は、全盛期には平均149km/h、最速156km/hを記録しており、
さらに回転数は2,700rpmにもおよび、バッターの手元で浮き上がるように『伸びる』のが特徴でした。
キャッチャーとして受ける機会が多かった矢野選手は『魔球』と呼んでいたそうです。
藤川選手がこの『火の玉ストレート』にこだわるようになったのは、2005年の阪神-巨人戦で清原選手との対戦がきっかけでした。
2死満塁のフルカウントで迎えた場面でフォークボールで三振に取りましたが、
清原選手から『この場面でフォークボールを投げるような逃げ腰』と罵倒を受け、
それを真摯に受け止めた藤川選手は『ストレート』に一段とこだわるようになり、磨き上げていったとのことです。
このエピソードについては、最近の清原選手のYouTubeにて「あれは藤川に言ったんじゃなくて矢野に言ったんだ」と発言、
藤川選手のようなストレートを持っている投手に対しての捕手のサインに、
「そんなリードをしてどうする」という清原選手なりの喝だったようです。
その後再戦した際には『ストレート』で勝負し見事に三振を奪い、清原選手は「完敗」と藤川選手を絶賛しています。
また、当時最速の160km/hを誇ったクルーン選手を引き合いに出し、
「クルーンの160キロは打てるが、藤川の155キロは打てない」とも言っています。
野茂英雄投手
特徴的なトルネード投法でアメリカメジャーリーグで活躍し、日本人メジャーリーガーのパイオニアと呼ばれた投手です。
トルネード投法から繰り出される『伸びるストレート』と落差の大きい『フォークボール』を武器とし、
バッターに対して上か下かと困惑させ三振の山を築き上げてきました。
近鉄時代の1994年、シーズン後半を怪我で棒に振り、その年の契約更新で球団と確執、メジャーリーグ行きを決断した経緯があります。
怪我の影響もあり、日本中がその移籍に対して半信半疑でしたが、初年度からメジャーリーガーを相手に三振の山を築き上げる大活躍を見せ、
日本でも一気にメジャーリーグブームが巻き起こりました。
野茂選手のメジャーでの活躍によって、多くの日本人プロ野球選手がメジャー挑戦をしており、
まさにその道を切り開いたパイオニアと言ってもよいでしょう。
江川卓選手
『昭和の怪物』と呼ばれ、高校時代は公式戦でノーヒットノーランを9回、完全試合を2回記録、
さらには36イニング連続無安打無失点などの数々の記録を更新。
大学野球を経て読売巨人軍にて活躍、昭和最後の投手5冠に輝いた投手です。
大学時代に肩を痛めており、後になって高校時代がピークだったとも言われていますが、
プロ野球においても『伸びのあるストレート』を武器に活躍してきました。
当時のスピードガンは精度が悪いこともあり、記録した球速以上に速いと言われ、
改めて動画を観るとバッターの手前にてボールが浮き上がっているのが目に見えて分かるくらい伸びています。
まとめ
ここ最近、最高球速はどんどん上がっており、2021年には166km/hを記録していますが、
タイミングが合っているのに打てない魔球である『伸びのあるストレート』には数値以上の魅力が詰まっています。
その魔球に翻弄されて空振りするシーンは何度観ても爽快なので、ぜひ注目してみてください。