努力できることが才能である。松井秀喜の名言30選!!

本日の記事はこれまで数々の伝説を生み出していた松井秀喜さんの名言集のご紹介です。

松井秀喜さんといえば、巨人の全盛期を支えMBLにも挑戦し世界中に名を轟かした野球界のレジェンドです。

松井秀喜プロフィール

松井秀喜さんは現在2021年時点で47歳です。

そんな彼の歴史を簡単に紹介していきます。

高校時代

松井秀喜さんは石川県能美郡根上町の出身です。

高校時代は地元の星陵高校で野球に打ち込んでいました。

入部当初は投手として入ってきましたが、打撃センスがかわれ、野手へ転向し1年生から4番バッターとしてチームをけん引しました。

高校時代は怪物と他校からも恐れられていましたが、彼を世に知らしめたのは間違いなく甲子園での明徳義塾戦の5打席連続敬遠でしょう。

松井秀喜さんの3年の夏、最後ということもあり大いに注目されていました。

しかし甲子園の2回戦。名将馬淵監督率いる明徳義塾と対戦。

馬淵監督の作戦は、完全なる松井対策でした。

たとえランナーが出ても敬遠をするという、まさに誰も思いつかないような、思いついても行動に移せない、そんな戦法でした。

この松井対策が功を奏し結果的に星陵高校は完敗。松井選手に与えたフォアボールは5打数5敬遠。

この5打席連続敬遠には、高野連も異例の緊急記者会見を開くなど、大きな社会問題にまで発展しました。

もちろん馬淵監督や明徳義塾高校には罵詈雑言の嵐。星陵高校との試合が終わった直後、

グラウンド内にゴミやメガホンが投げ込まれ今までにない光景を目にしました。

憧れのプロ野球選手

高校では悔しい思いをしましたが、松井秀喜さんの実力は現在終身名誉監督にもなられている

長嶋茂雄さんの目にもとまり、1992年に行われたドラフト会議で4球団からの1位指名を受けながらも抽選の末、巨人に入団。

背番号はお馴染みの「55」でした。

ただ以外だったのが、松井さん自身は阪神へ入団することを強く志望されていたため、当時巨人に決まった時は苦悶の表情を浮かべていたのが印象的です。

行きたかった球団が1番のライバル球団となると複雑ですよね。

巨人に入団後は、高卒とは思えない程の大記録を打ち立てていきます。

結果的に10年という長い年月を巨人で過ごすことになります。

夢のMLB挑戦

10年目という節目の年、新たな挑戦でMLBで野球をすることを決意します。

この決断には相当悩んだようで、巨人ファンへの熱い思いがさらに決意を鈍らせたようです。

MLB入りを果たした1年目にはオールスターに出場するほどの活躍。また2年目には日本人最多本塁打数を記録しました。(31本塁打)

ただご存知の方も多いかと思いますが、この大記録はある男によって塗り替えられたんです。

それは2021年に大谷翔平選手が記録した46本塁打。松井秀喜さんの記録を抜いたのは17年ぶりだったようです。

また日本人選手初のワールドシリーズMVPにも選ばれています。

この記録にもぜひ大谷翔平選手に挑戦してもらいたいですね。

その後は2012年までMLBでプレーをし引退を表明しました。

松井秀喜さんの恩人でもある長嶋茂雄さんと同時に国民栄誉賞を授与されるなど日本人の心に大きくその名を刻んでくれました。

現在

現在はヤンキースのGM特別アドバイザーとして未だに野球の道を歩んでいます。

そんな誰もが知る松井秀喜さんの名言を紹介していきます。

松井秀喜名言集30選

どういうことを言われても自分のプレースタイルは変えられません。
野球というスポーツは、3割を打てば一流選手になります。
つまり、一流選手でも、残りの7割は凡打しているわけです。
僕は、この
7割の失敗をずっと生かそうとしてきました。
打てないボールは、打たなくていいという諦めを持つには勇気が要ります。
神様は頑張った人や苦しんだ人に、最後は微笑んでくれる。
いつか現役を引退するとき、左手首を見つめて「おい、あのとき骨折してよかったよなあ」と語りかけてやりたい。
苦しみや辛さこそが生きている証ではないでしょうか。
今、自分がすべきことは何なのかを正確に受け入れ、それを補う努力をしていくしかないと思っています。
心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
(星稜高校時代の恩師、山下監督の言葉)。
悔しさは、それに耐えられる人間にしか与えられない。
困難に直面したとき「今、自分にできることは何か」と自問します。
悔やみ、落ち込むしかないのでしょうか。多くの場合、そんなことはありません。
きっと前に進める選択肢があるはずです。
終わりはないと思うんです。一つ何かをクリアしても、その先にはまた一つ新しいテーマがある。
野球というスポーツの素晴らしさを子供たちに伝えていきたい。
そのためにも、大きなホームランを打ちたいんです。
努力できることが才能である。
外国人選手のように肩が強くなければ、捕ったらすぐに投げればいい。
脚力が劣れば、スタートの第一歩をどうするかを考えたらいい。
自分は何で勝負出来るかを考えることによって、活路が見いだせるはずです。
僕は、生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だと考えます。
人生も野球も、失敗そして後悔の連続です。
悔しさを露にすれば、自分の心が乱れます。
自分の心が乱れれば、次にど真ん中の好球が来たとしても打てません。
これから厳しい戦いが続くけど、自分が選んだ道だから何の後悔もない。
自分が野球をしていられることが、平和であることだと思っています。
監督、申しわけありません。どうしても夢を捨てきることができません。
メジャーリーグに行かせてください。
僕は野球に対してだけは、どんなことがあってもこれが好きなんだ、夢をかなえたいんだという思いを持ち続けてきました。
ヤンキースを選んだのは、あえて自らを厳しい状況に追い込み、自分の潜在能力を引き出したいと思ったからです。
僕が心がけていることは、いつも同じように準備をし、平常心で打席に向かうことです。
打ちたいという気持ちが強ければ強いほどホームランが打てるなら、いつも打ちたいと念じますよ。
骨折してバットを振れない時期、ファンの皆さんから頂いた手紙やメールが、どれほど僕の励みになったか分かりません。
言葉には大きな力があることを、痛感しました。
大事な試合で打てるのは、運というか、星というか、偶然ではないものを感じます。
だから、僕は神様の存在を信じちゃうんです。
今は何をいっても「裏切り者」と思われるかもしれませんが、いつかは、松井が行ってよかったなと思ってもらえるように頑張りたい。
チームの勝利が僕にとって一番大切です。
でも自分が打てなくても誰かが打って勝ったんだからそれでいいという考えは間違っている。
野球というスポーツは、3割を打てば一流選手になります。
つまり、一流選手でも、残りの
7割は凡打しているわけです。僕は、この7割の失敗をずっと生かそうとしてきました。
パワーで遠くへ飛ぶのなら、プロレスラーやお相撲さんが遠くへ飛ばせるはずです。
インパクトの際、ボールに最大限の力を加えられる技術があるからこそ遠くへ飛ばせるんです。

高校時代もジャイアンツにいた頃も走って、自分でスイングして自分のバッティングを作ってきた。
必ずその過程を踏まなくちゃ、自分のいいものは出せない。

まとめ

今回の記事では松井秀喜さんのプロフィールから始まり今までに発言してきた名言を30選でまとめました。

これまでに多くの伝説や語り継がれる行動を示してきました。野球界のレジェンドたる所以がわかったと思います。

プロの方たちの名言はモチベーションがかなり上がります。

気持ちを高めたい時や、試合前、気分が沈んでいるとき、失敗したときなどにこの記事を見ると良いかもしれません。

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